買って後悔しないためのVR液晶の基礎知識

2017年1月24日

VRヘッドマウントディスプレイの仕組みと中に入っている表示パネルの種類、よく言われる網目感とは何なのか、について解説します。これを理解せずに買うと後でがっかりしてしまう可能性が高いです。

VRヘッドマウントディスプレイの仕組み

VRヘッドマウントディスプレイには様々な機能がありますが、VR映像を映すのに重要な部品はレンズ表示パネルの二つです。ヘッドマウントディスプレイには、液晶に代表される表示パネルが、1枚もしくは2枚組み込まれており、このパネルに映った映像がレンズを通して目に届くようになっています。

これは、現実の世界における眼鏡を想像するとわかりやすいです。眼鏡をかけている人は眼鏡のレンズを通して、現実の世界の風景を見ています。別の言い方をすると、レンズを通して見えない範囲の映像は見ていないわけです。

ではそのレンズを通して見るが現実世界ではなく、コンピュータが作り出した映像だとすればどうでしょうか。眼鏡のレンズを通してみる場合と同じように映像が見えていれば、その外側に映像が無かったとしても、コンピュータの作り出した映像を現実であるかのように感じることができます。非常に大雑把にまとめると、これがVRヘッドマウントディスプレイの原理です。

使われている表示パネル自体は何も特別なものではありません。スマートフォンなどに採用されている物と基本的には同じ物です。ただし、表示パネルにはレンズに合わせてあらかじめ歪められた映像が映っており、レンズを通すとその歪みが相殺されて、目に空間として認識されるようになっています。(レンズによる歪みをレンズディストーションと呼びます。)

使われている表示パネルの種類

使われている表示パネル自体は何も特別なものではない、と書きましたが、表示パネルにはいくつか種類があり、それぞれ特性が違うため、VRへの向き・不向きがあります。メジャーなVRヘッドマウントディスプレイでは最適なものが使われているため、これらの種類はあまり気にしなくてもよいです。

一方、スマートフォンのVRや中国製のヘッドマウントディスプレイはそうでないため、これらに興味がある場合は違いを理解しておくとよいでしょう。

と言っても主に抑えておけばいいのは、有機ELとIPSの二つだけです。

有機EL

液晶とは違う仕組みを持つ新しい表示デバイスです。厳密には液晶には分類されません。

Oculus RiftやHTC VIVEシリーズに加えてGearVRに使用するスマートフォンであるGalaxyシリーズなどに採用されている表示パネルで、以下の特徴を持ちます。

高コントラスト

有機ELは自己発光タイプの表示デバイスです。一般的な液晶は裏からバックライトで照らすことで、白を表現していますが、有機ELでは素子そのものが光を発します。これだけでは優位点がよくわかりませんが、最も効果があるのは黒を表示するときです。

有機ELであれば黒を表現するのは「光らないこと」ですが、一般的な液晶では黒を表現するときにどうしてもバックライトの光が漏れてしまいます。このバックライトの光を伴った黒を表示している状況のことを、黒が浮いていると表現されることもあります。このような状況は現実の世界ではありえませんから、バックライトを使わずに映像を作ることは、よりリアルに近い映像を目に投影する上で重要なポイントとなります。これは黒だけで無く、他の色にも言えます。

テレビの業界では、映像の中の黒い部分だけバックライトLEDの輝度を抑え、黒浮きを防ぐのが一般的です。ですが、これは大きなパネルだからできることであり、小さいヘッドマウントディスプレイで効果的に実現することは困難です。

低残像

有機ELのもう一つの特徴として残像が少ないことが挙げられます。またリフレッシュレート(画面の更新頻度)を上げることも比較的容易です。

一般的な液晶でも倍速駆動、つまり実際に表示したいリフレッシュレートの倍の頻度で映像を更新することで、残像を抑える技術が広く利用されています。ですが、VRでは普通の60fps(秒間60回の更新)以上の90fpsが一般的であり、さらにこれの倍のリフレッシュレートで映像を表示するのは技術的なハードルがより高くなります。バックライトのハードウェア(LEDドライバ)もより高度な物が必要になります。

そのため、もともと残像が少ない有機ELの方が手間が少ない、というわけです。

低遅延

一般的な液晶パネルは画面を一度に書き換えます。つまりGPUが行う描画処理が終わるのを完全に待つ必要があります。一方有機ELは、上から下に向かって表示素子を書き換えていますから、その途中で表示内容を別に差し替えることが出来ます

これは外部要因により低遅延で映像を改変する必要があるリプロジェクションやストリーミングで映像を受信するような場合に有利です。(現状の製品にこの特性を利用したものがあるかは把握できていません。)

IPS液晶

いわゆる一般的な液晶といえば大体これです。スマートフォンや、~50インチ台までのテレビでよく使われます。

IPS液晶を採用したVRではリフレッシュレートが低いため、VR酔いを引き起こしやすかったり、妙にまぶしかったりするなど、有機ELを採用したVRよりも体験が一段劣るのがこれまでは一般的でした。しかし、2018年後半から、リフレッシュレートを高める技術が確立され、有機ELに迫る体験を提供できるようになってきました。

有機ELに比べて解像度を高めやすく、後述する網目感もないので、映像鑑賞など利用用途によってはIPS液晶の方が優れていると感じられる場合もあります。近頃では高価格帯の製品にも採用事例も増えています。

しかしながら、発色や黒のしまり具合はまだ有機ELにはかないません。

TN液晶

ノートパソコンやPCのディスプレイの低価格モデルで利用されている液晶です。特徴としては視野角が狭く、色再現性も低いためVRで用いられることはほぼありません。一部の中国製一体型ヘッド間運ディスプレイでの採用を見かけますが、購入は避けて下さい。

VA液晶

50インチ以上の大型テレビでよく採用される液晶です。VRヘッドマウントディスプレイのような小さいサイズで使うメリットがないので、VRで用いられることはほぼありません。

解像度

ヘッドマウントディスプレイの表示の中でぱっと見の印象を一番左右するのが解像度です。スマートフォンの世界ではRetina(網膜)ディスプレイと呼ばれるような高解像度のディスプレイが主流になっており、画面を構成するドットの境目を目で認識できない、十分な解像度を実現できています。

一方、VRの世界ではスマートフォンのような解像度(ドット密度・ppi)ではまだまだ不十分です。というのは、目の近くに表示パネルが存在する上に、それをレンズで引き延ばすからです。結果として、目には表示パネルのドットがはっきりと見えてしまいます。2016-2017年世代のヘッドマウントディスプレイでは、ドットを意識せずに済むほどの解像度を持つヘッドマウンドディスプレイは存在しませんでしたが、2018年頃から徐々に高解像度を売りにし、ドットを意識しなくて済む液晶を採用した製品がぽつぽつと登場してきています。

網目感と格子感について

液晶には解像度以外にも表示の精細さを作用する要素として、RGB素子の配列や開口率といったものが存在します。

液晶はドットの一個一個が色々な色に光っているように見えますが、実はよく見ると、赤(R)・緑(G)・青(B)の点が規則正しく並んでおり、その明るさの組み合わせで多彩な色を表現してます。

Samsung製の有機ELはペンタイル配列が主流

Oculus RiftやHTC VIVEには有機ELが採用されていることは前述しましたが、製造メーカーはSamusungであるといわれています。(Oculus DK2まではGalaxy Noteのパネルをそのまま流用していました。)

Samusungは有機ELの主要供給メーカーですが、ペンタイル配列と呼ばれる特殊な配置を採用しています。Samsung製のスマートフォンではGalaxyシリーズに搭載される有機ELも全てペンタイル配列になっています。

一般的な液晶では素子がRGBRGB・・と規則正しく配置されて正方形の画素を形成していますが、ペンタイル配列では、それが入れ子になってハチの巣ようになっており、RGBの順番も変則的です。ペンタイル配列は、より少ない素子の数でスペック上の解像度を上げる効果があります。

この配置のおかげで確かに高精細であるように感じられるのですが、その分素子の間に隙間が生じ、発色しない部分が多くできます。つまり開口率が低いです。スマートフォン程度の大きさの液晶パネルを、離れて見る分には気にならないのですが、レンズで拡大して目の前で見るVRにとってはそれが仇となります。この拡大したときに見える、ハチの巣状に配置されたドットの隙間が、いわゆる網目感の正体です。

RGB配列とペンタイル配列の違い

THE SAMSUNG GALAXY S III HAS A PENTILE DISPLAY: WHAT IS IT, AND WHY SHOULD YOU CARE?より引用。

この網目感は、業界用語でスクリーンドア効果(screen door effect)と呼ばれています。スクリーンドアとはその名の通り網戸(外国では通気を良くするため玄関のドアを網戸にすることが良くあります)の事を指しており、映像が網戸越しに見ているかのように感じることが由来となっています。

IPS液晶は網目感が無い?

ドットの隙間はIPSでも存在はしますが、格子状でありそこまで気になりません。IPS液晶を採用した第一世代のWindows Mixed Reality対応デバイスやOculus Goの映像は薄い線が入っているように見えます。これは有機ELの網目感の代わりに液晶の隙間が現れているためです。

最近ではPimaxシリーズやVIVE Cosmos、HP Reverbなど、格子状の隙間も目立たないほどに解像度を高めた製品も登場してきています。

網目感の無い有機ELは存在する?

存在します。Samsung製以外の製品は基本的にRGB配列です。(Samsungはちょっと詐欺っぽいですね・・・)実際、PlayStationVRは独自のルートで有機ELを調達しており、RGB配列になっています。スペック上の解像度はOculus RiftやHTC VIVEに劣るのですが、網目感の無い美しい表示がされています。

ただ、PlayStationVRは解像度が低い上に液晶が1枚しか搭載されていないため、精細感ではOculus RiftやHTC VIVEに劣ります。

なぜ表示パネルは2枚の方が良いのか?

表示パネルが1枚でも、2枚足し合わせた分のピクセル数があれば、表示性能としては同じではないか?と考えるかもしれませんが、そうではありません。重要なのは実効解像度(実際に目に映すことができるピクセル数)です。この点、表示パネルは2枚ある方が有利です。

人間の目と目の間の距離(IPD)は、年齢や性別によって差があります。一般には60mmから70mm、平均的な大人では65mm前後といわれています。

表示パネルが2枚ある場合、メカ的な機構(いわゆる瞳孔間(IPD)調整機能)によって、2枚のパネルをそれぞれ目の真正面に持ってくることができます。これにより、パネルのピクセル全てを視界に映し、表示に割り当てることができます。

表示パネルが1枚しかない場合、映像を目の真正面に持って行くことを、表示パネルの中での描画位置を調整することで実現しなければいけません。つまり目と目の間の距離が離れている場合、レンズに映し出す二つの映像はそれぞれ外側寄りにする必要があります。そして、内側に表示されるものは目には見えないため、何も表示できない領域ができてしまいます。結果として利用できるピクセル数が減り、実効解像度は低くなります。

つまり、パネルが1枚しかないPlayStation VRやスマートフォンのVRはスペック上の液晶解像度よりも、実際に感じられる解像度は低くなるといえます。ただ、前述したとおりRGB配列の液晶が有利なので、なかなか単純な比較は難しいかもしれません。

表示パネルのあれこれまとめ

ドットや網目感が無いことを優先しようとすると液晶が優れている一方で、発色は有機ELに劣る、というように完璧な表示パネルは今のところ存在しません

少し前までは、液晶には遅延や残像といった課題があり、有機ELの採用が主流でしたが、近年では液晶の採用事例が増えてきています。とはいえ、液晶にはバックライトがある都合上、これ以上のコントラスト改善は望めません。テレビではバックライトのエリア駆動のようなコントラスト向上技術がありますが、VRのような小さいサイズの表示パネルでは難しいと考えられます。

ということで、長期的に見ると表示パネルの本命は有機ELとなりそうですが、価格と解像度(および素子の配列)が課題です。これからは、アミューズメント施設向けのプロ製品は有機EL、一般消費者向けは液晶の製品が主流になっていくのかもしれません。

とはいえ今のところは、一般消費者向けには有機EL・液晶の両方の製品がありますから、用途を考慮しながら何を重視するのかをよく考えて製品を選ぶ必要があります。実際に体験してみるのも重要です。

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